注目技術ドラッグデリバリーシステム(DDS)を取り入れて美容商材は新たなステージへ

ドラッグデリバリーシステム(DDS)は、薬の効果を最大限に引き出し、かつ副作用を低減することができる注目の技術です。DDSを美容商材に応用することで、美容業界にどのような変化が期待できるのか、この記事では分子生物学を専門とされる鈴木美穂先生にお話をうかがいます。

薬の効果を最大限に引き出し、副作用を低減するために生まれた注目の技術が「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」です。

この技術を美容商材に応用することで、美容業界はどのような未来が拓けるのでしょうか。

この記事では、分子生物学が専門でDDS研究も手掛ける埼玉大学大学院理工学研究科准教授の鈴木美穂先生にお話をうかがいました。

美容商材を新たなステージに導く注目技術DDSについて知りたい方は、ぜひ最後までお読み下さい。

お話をうかがった方

埼玉大学大学院 理工学研究科 

物質科学部門 物質機能領域

準教授 鈴木 美穂先生

URL:http://www.saitama-u.ac.jp/rikogaku/

早稲田大学理工学部応用化学科卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程中退、博士(理学)。分子生物学を専門とし、主に生体内で起こる化学反応、物理現象を非破壊的にリアルタイムでモニターし可視化するセンサー分子の開発とモニター後の統計解析を行なっているほか、DDS研究も手掛ける。

ドラッグデリバリーシステム(DDS)とは?

ドラッグデリバリーシステム(DDS)とは、薬を効かせたい場所に、必要な量だけ、必要なときに届けるための技術です。

開発の歴史は古く、1960年代に薬の成分を徐々に放出するように加工された、徐放性製剤の開発からスタートしました。1日1回の服用で済む薬の多くが徐放性製剤であり、つまりDDSの技術が使われています。

DDSの技術は大きく3つに分けられます。

・目的どおりの場所(患部)に届ける「ターゲッティング」

・薬の有効血中濃度を制御して効果を持続させる「放出制御」

・皮膚・粘膜からの吸収や血液脳関門の通過を改善する「吸収促進」

近年はこれらに加え、製剤が生体の病気による変化を感知し、病気の程度により放出量を制御する「インテリジェント化製剤」という新たな概念も生まれています。

従来型の薬は全身に運ばれるため、正常な組織にも影響を及ぼし、それが副作用につながっていました。

一方DDS製剤では、薬を患部に集中して効かせることにより、副作用の軽減が可能となりました。また、投与量や投与回数を減らせるため利便性が高く、経済性にも優れています。

開発においては、水に溶けなかったり、生体中で容易に分解してしまったりして頓挫した薬剤が、DDSを工夫することにより投与できるようになる可能性があります。

また、有効性が高いものの副作用が強くて頓挫した薬剤がDDSを用いることで日の目をみたという事例もあります。開発リスクを低減させることもDDSの大きな利点です。

医療業界で注目されるDDSを活用した「次世代医薬品」

現在、医療業界で注目されているのが、次世代医薬品といわれる、タンパク質やペプチド、核酸などを用いたバイオ医薬品へのDDSの活用です。

バイオ医薬品は化学合成によって製造される一般的な医薬品と異なり、生体がつくる物質を薬物として使用するものです。有効性は高い反面、従来の医薬品に比べて高分子で安定性が低いという特徴があります。そのためほとんどが注射薬であり、反復投与の必要があります。

近年は、バイオ医薬品のなかでもとくに癌に対する抗体医薬品(抗体はタンパク質の一種)の開発が盛んですが、抗体は腸から吸収されないため注射・点滴に限られます。

また、抗体はさらなる免疫反応を起こして中和抗体が作られてしまう懸念や、速やかな分解リスクを避けるため1回あたりの投与量や投与回数、抗体の構造に工夫が必要です。

いずれにしても反復投与は患者本人および医療者の負担が大きく、DDSがその解決手段となることが期待され研究が進められています。

DDSの運搬体(キャリア)の分類

現在、DDSに用いられている運搬体(キャリア)は、「ミセル型」やリポソームに代表される「ベジクル型」、「修飾型」「代謝型」に分類できます(表)。

ミセル型とベジクル型がナノサイズのカプセルである一方、修飾型の抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate:ADC)は抗体に低分子医薬品を結合させたもので、薬剤を運ぶキャリアとして抗体を使用し標的とする細胞に薬剤を届けます。

また、代謝型のプロドラッグは、体内で代謝されることにより薬効を発揮するタイプです。

鈴木美穂(埼玉大学)作成

美容業界でのDDS活用の可能性

DDSを活用した化粧品は、2005年にすでにロート製薬株式会社と株式会社LTTバイオファーマの共同開発により商品化されています。

同社の『オバジ パーフェクトリフトAA』(現在は生産終了)は、レチノール(ビタミンA)を炭酸カルシウムのナノカプセルに封入することにより、浸透量はカプセル化しない場合の20倍以上を実現、さらに刺激性も低減しました。

近年注目されているのは、美容成分には生体由来の成分が多いことから、開発が見込まれるバイオ医薬品のDDS技術をそのまま転用できる可能性が高い点です。

また、DDSの開発は経口薬と注射薬が先行していましたが、近年は経皮・経粘膜吸収型のDDSの研究が盛んになってきており、これも美容業界にとっては朗報です。

表皮からの有効成分の浸透が課題

一方で、皮膚表面の角質層には紫外線や細菌などの外部刺激から防御するバリア機能が備わっており、とくに生体由来の高分子の成分は透過しないことが難関となっています。

そのため、表皮への有効成分の導入方法として、エレクトロポレーション法やイオン導入法、超音波導入法、マイクロニードル法など物理的な経皮吸収促進アプローチが開発されてきました。

九州大学附属次世代経皮吸収研究センターでは、新たに皮膚内部へ浸透させるDDSとして「Solid-in-Oil(S/O)法」を開発し、株式会社ココカラファインネクストは本技術をプライベートブランド『VIVCO』シリーズに応用しています。

S/O法とは、水溶性の有効成分を界面活性剤で包むことでナノサイズの粒子にして油中に分散させるDDS技術で、『VIVCO』では加水分解ヒアルロン酸やビタミンC誘導体、グルコシルヘスペリジンに適用しています(図)。

鈴木美穂(埼玉大学)作成

新たなDDSキャリアとして注目される「エクソソーム」

そのほか、新たなDDSキャリアとしてエクソソームが注目されています。

エクソソームとは、脂質二重膜に囲まれた直径30~100mmの膜小胞体であり、体液中を循環し、離れた標的細胞まで情報の伝達や物質の運搬を行なっています。中にはタンパク質や核酸が内包されており、細胞から細胞へ物質を届ける天然のDDSともいえるでしょう。

研究途上ではありますが、例えば、上皮細胞増殖因子(epidermal growth factor:EGF)をエクソソームの中に封入して表皮細胞に運ぶことができれば、老化とともに機能の衰えた細胞の再活性化も可能ではないかと想像されます。

また、当教室の研究で、蛍光タンパク質と生体適合性のよいカルボシランデンドリマーを生理食塩水中で混合したところ、自己会合でナノカプセルを形成することが明らかになっています。

さらに抗体などのタンパク質内包の可能性が示されたことから次世代医薬品への活用に向け研究中です。本技術も美容商材に役立つ可能性があると考えています。

DDS技術での化粧品開発の可能性と問題点

DDS技術の進歩により、薬剤と同様に化粧品開発においても、これまで毒性試験で頓挫してしまった有効成分が復活する可能性があります。

また、有効成分の浸透力を高めることでアンチエイジングへの貢献とそれによるQOLの向上が大いに期待されています。

一方で経皮DDSとして課題となるのが、浸透するのが細胞内なのか、それとも細胞間なのかという問題です。細胞間に浸透し、その後、細胞内に浸透するものもあり、その見極めが重要ですが、現状では確固たる評価系が確立されていません。

化粧品の動物実験が世界的に禁止となる中、試験方法の確立へ向けた研究も併せて進展することが期待されます。

DDSの可能性から見る美容商材の明るい未来

近年、さらに研究が進んでいるDDSの技術を美容商材に転用することで、より効果的な商材の開発に期待できます。

ここでは、DDSの可能性から見る、美容商材の明るい未来について聞いてみました。

経皮・経粘膜DDSの開発が盛んになっている

DDSの開発は経口薬と注射薬が先行していましたが、近年では皮膚透過性の改善へ向けた研究の進展が期待されています。

クリームや化粧水などの形でDDSの有効成分を表皮から導入できるようになれば、ユーザーにも使いやすい美容商材の開発につながります。

次世代医薬品のDDS技術が開発されれば美容商材への転用が可能

近年、次世代医薬品といわれるバイオ医薬品のDDSの活用が進められています。

ホルモンや抗体のDDSキャリアが開発されれば美容商材にも有用です。

天然のDDSともいえる「エクソソーム」が期待大

新たなDDSキャリアとしてエクソソームの美容商材への活用が期待されています。

ホルモンなどに加え、コラーゲンやヒアルロン酸といった細胞外マトリックスも封入できればアンチエイジングへの貢献が期待できます。

DDSの美容商材への活用は美容業界を変える起爆剤になる

ドラッグデリバリーシステム(DDS)では、薬を必要な場所に必要な分量を、必要な時に届けることができます。

そうしたDDSの技術を美容商材に活用することで、患者の負担となる副作用を抑えたり、投薬回数や投薬料を減らすといった効果が期待できます。

DDSの研究はまだ進化段階ですが、DDSの研究が進むことが、美容業界の明るい未来につながるはずです。

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